Climbing Mate Club

Climbing Mate Club

Chronicle

この冬のミックスクライミング

アックスイメージ
期間 2006年2月末〜3月末
馬目

1. スポーツミックスからアルパインミックスへ

 氷の全くない岩の部分でもホールドにアックスを引っ掛けて登ってゆける。いわゆるドライツーリングというテクニックを駆使する最近のミックスクライミング。これにより今まで人工的手段に頼らねば進めなかったような弱点の少ない冬季の岩壁もフリークライムの可能性が広がり「モダンミックス」という新たなジャンルが台頭してきた。2003年、大谷不動でのルート開拓を始まりとして、僕もこの新しいミックスクライミングに取り組んできた。そして今年、グレードM10を体験するまでになった。大町・高瀬川の途中にある傑作エリア「小町の宿」でのトライの日々、ジムナスティックなムーブの連続で圧倒的なルーフ越えてゆく爽快感。とても素晴らしかった。

しかし日がたつにつれ次第に「ミックスクライミングでグレードを追い求めてもしょうがないな…….」と感じてきた。そこで気分転換にとマルチピッチのミックスルート開拓を思い立った。ちょうど荒船山・艫岩の中間部にいい具合の氷柱がかかっていたはずだ。よし、次はあれかな。そんな軽い気持ちから出来上がったのが、ルート名:「攀船記」M6+だ。6Pのスケールを持ちバラエティー豊かな内容の力作だ。ところがしばらくして再び考えをただしてくれるような強烈なきっかけを得て、アルパインミックスと向き合うことになった。スポーツクライミングもいいものだ。しかし自分はアルパインクライミングを志してきたのではなかったのか。一発真剣勝負をしてみようではないか。山に行こう。純粋に楽しもう。そしてより自由な登り方を模索してみようと心が躍った。

2. 日本のアルパインミックス再考

 ミックスクライミングという武器をもって山をみつめてみると新たな課題がみえてくる。今までは登攀対象とは見られなかった途切れがちな氷のライン、オーバーハングしたガリー,etc。これらは実は弱点を突いた合理的なルートに成り得る。だがリスクが消えるわけではない。気象条件や雪質を見極めなければならない。当然雪崩の危険も大きいだろう。山が与えてくれる一瞬の好機を捕まえてすばやく登りきることがなによりも大事だ。スピードこそ命。ではいかにして?その答えは「限りなくフリーで登ること」にあると思う。そこでドライツーリングテクニックが活きてくる。

どんなに技を磨いてもその対象が無ければ始まらない。「日本は山域自体のスケールが小さすぎて窮屈だ。天気が悪すぎる。既成ルートはどれも面白みに欠ける。」という意見があるかもしれない。しかし本当にそうだろうか。

イギリスのクライマーには魅力的な人物が多いという事実。このことが日本のアルパインクライミングを考えるのに示唆に富む啓示を与えてはくれないだろうか。彼の国もずいぶんと低い山しかない。(最高峰はスコットランド・ベンネビス山、富士山よりずいぶん標高は低い。)しかしそこで行われているミックスクライミングは世界のアルパインクライミング界に強烈なメッセージを発し続けている。自身が魅力を感じなくなった時、山は僕たちに何も与えてくれなくなる。

友人でもある若手アルパインクライマーの一人が僕にこう語ってくれた。「アルパインルートとは、僕たち自身が探し選び出すものだ。それは誰かが創ってくれるものではない。トポに描かれた既成のルートは山が迎え入れてくれた証であり一つの物語である。それは全て過去形で語られるべきものなのだ。惑わされるな!トポに登らされてはいけない。」 自分の登るべきルートは山と向き合ったその時の自分が決めればいい。アルパインクライミングの醍醐味は時々に出てくる様々な自然条件を受け入れ、対処していくのが面白みなのだか。さあ自由に登ろう。

3. 実践

 パートナーと意見交換していくうち今シーズンの目標が自然と出来上がってきた。まずは、タイムリミットを24時間(駐車場から出発してそこに戻るまで)。1Dayトライに狙いを定めてみた。さらに重要なことが2つ。まずは1/25,000の地図以外の情報を山行に持ってゆかないこと。トポ無しクライミングを実践するのだ。だから入山前の情報収集も山域概念の情報は丹念に調べたが既成ルートの解説は読まないことにした。そして人工的な残置物を一切使わないこと。自分たちが山に持ち込んだものだけで登り、後には極力なにも残さない。当然ボルトは持参しない。そして言うまでもないがオールフリーで登るのだ。

段階を踏みながらこのシーズン中(2月末〜3月末)に複数回トライしてみようと思った。

1回目は、錫仗岳の3ルンゼから烏帽子の下部ルンゼを継続して本峰まで。これは足慣らしだ。所要16時間。

2回目は、抜戸岳東南壁。壁に導かれるままにオリジナルラインから登ることができた。残置物も一切無くなかなか楽しかった。所要20時間。

そして3回目に、笠ヶ岳・穴毛谷でのルンゼ。これはとても満足ゆくクライミングが出来た。最後は北岳バットレス、夜叉神峠から17時間。

以下に素晴らしいクライミングを満喫できた3回目の山行を報告したいと思う。

4. 笠ヶ岳・穴毛谷二の沢の未知のルンゼ

門のようにそびえる岩壁に切込む谷底をヘッドランプの灯を頼りに登る。明るくなるまでには少なくともまだ3時間の猶予がある。今日は星の輝きがなんとなく冴えない。うっすらとした高曇りなのだろうか。私たちにとってはかえって好都合だ。稜線に張り付いた不安定な雪屁が直射日光にさらされる状況などあまり想像したくない。

僕たちが今目指している目標は、写真一枚のみが頼りだ。"とびきりに魅力的な一枚の写真"こんな単純なきっかけから自由に山々を巡り素晴らしいクライミングを実践しているイギリス人クライマーがいる。日本でもそんなクライミングを味わうことが出来るはずではないか。クラブの仲間が対岸にあたる第二尾根から撮ったというその写真には、黒々とした岩壁に魅力的な氷の筋が写っていた。スケールのある岩壁に穿たれたガリーには、下部のあたりでつながっていないように見える。なにせ遠方からのものなので細部は不明瞭だ。

AM5時30分、かなり登ったはずだ。高度計からも主稜線が近づいてきているのがわかる。だがまだそれらしき壁は確認できない。しばし明るくなるのを待った。「果たしてあのルンゼに到達できるのだろうか、かなりチッポケだったらどうしょうか、そもそも二の沢に存在するというのは本当なのか、」と思いが巡る。しばらくすると右上方に黒い岩壁が見える。目標とするルンゼが実在するとしたらあの壁しか考えられない。私たちは意を決して少し下り右股の方へ登りなおした。近づくにつれて不安は確信に、ため息は歓声に変わった。「あれかっ。かっこいい!」「こんな所にあったのか……」しかしそれは再び不安に取って代わってしまった。出だしの氷柱部分がオーバーハングから空間にむき出しになっている。なんと下までつながっていない。そして日が当たり始めてから激しくスノーシャワーが落ちてきている。細部まで視認できる位置までくると、困難なミックスクライミングとなることは決定的とわかった。このルートは自分たちのスキルを最大限まで出し尽くすことを要求してくるだろうか。もし能力の遥か上をいっていたとしたら…….。

 ルンゼの取り付きで用意を始める。ここからは陰となっていて全貌は見えない。さあ、順番決めのジャンケンだ!なんと、負けてしまった。やられた。出だしからデリケートなミックスクライミングのようだ。1ピッチ目を岡田が慎重に登り始めた。

核心部となった2ピッチ目、見ているだけで胃が痛い。いかにも悪そうな氷のシャンデリアが宙に浮かんでいる。ヤバイと思っていた大きな氷塊が落ちて激しく砕け散った。が、リードする岡田はハングを越えようとクールにアックスを振り続けている。激しいランナウト….もはや墜落はどんなことがあって許されない。僕は祈るような気持ちで見上げ続ける。恐ろしくてたまらない。核心を越えたのだろうか、奴はビレイする僕たちを一度振り返って不敵な笑みを残しまたランナウトし続けた。まったく人の気もしらないで。くそっ、俺もリードしたかったなあ……心底ジャンケンに弱い自分を呪った。

3ピッチ、いよいよ自分の出番。頭上に懸かる車くらいの雪屁が恐ろしい。いったい何発爆弾があるっていうんだ。(不発弾だといいんだけど….)最後のプロテクションはまるで見えなくて、空中に垂れるロープの重みが自分のおかれた状況を率直に教えてくれる。しかし、なんて晴れやかな気持ちなのだろう。今とても楽しいクライミングをしている。山が差し出してくれる状況をありのままに享受する贅沢な自由。まさしくフリークライミング。

9ピッチ目、フィナーレを予感させる斜面になってきた。ここまでは気の抜けないクライミングの連続だったがもう大丈夫だろう。僕たちは運がいい。この斜面は降雪があれば雪崩地獄のようなありさまになるにちがいない。幸運を捕まえた僕たちはすでに笑みがこぼれている。そして3尾根の稜線上に抜け出て終了となった。メンバー3人でがっちりと握手を交した。きっと今日はビールがすこぶるうまいに違いない。