Climbing Mate Club

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なぜ高地ではよく眠れないのか?

長山協医科学委員,医師 浅野 功治

 4000m以上の高地で、夜によく眠れなかった経験のある人は多いでしょう。人によっては、日本アルプス程度の標高でも(2500〜3000m)経験するかもしれません。この睡眠障害は、もちろん高地の低酸素環境に起因します。

 睡眠は、脳波上で徐波が主体となる非レム睡眠(1〜4期の深度)と、急速眼球運動を伴い覚醒時に似た速波が出現するが、深い睡眠であるレム睡眠から成ります。高地では、深い非レム睡眠(3期,4期)と、レム睡眠が減少します。また、睡眠中の覚醒が頻回になります。すなわち、低地に比べて睡眠が浅くなり、睡眠の質が低下します。

 高地では、覚醒時にすでに低酸素血症が生じていますが、睡眠中にそれが増悪します。低地での睡眠時は、健常人でも覚醒時に比べて換気量がおよそ10%低下しますが、低地では、この程度の低換気は動脈血酸素飽和度にはほとんど影響しません。しかし、高地の低酸素環境では、この程度の低換気でも、低酸素血症の有意な増悪につながり得ます。急性高山病を発症する人では、発症しない人に比べて、睡眠中の低酸素血症が、より増悪するとの報告があります。

 高地では、睡眠中に過呼吸と無呼吸が規則性をもって繰り返す、いわゆる周期性呼吸がしばしばみられることは、昔から知られています。低地でも、心不全や中枢神経系の障害や、睡眠時の気道の閉塞による、いわゆる睡眠時無呼吸症候群で、睡眠中の呼吸異常がみられますが、低地でこれらの疾患がない人でも、高地ではしばしば周期性呼吸がみられます。この高地における周期性呼吸は、低酸素血症に加えて、低酸素に応答して換気が増大し、二酸化炭素の排出が増大する結果としての、低二酸化炭素血症にも関連すると言われています。低地居住者では、低酸素に対する換気応答の強い人ほど、高地において睡眠中に周期性呼吸の出現頻度が高いと報告されています。しかし、この低酸素換気応答の強い人ほど、高地での耐性が高い(順応がよく、高いパフォーマンスが可能)、とも言われています。また、高地での睡眠時の周期性呼吸出現中は、動脈血酸素飽和度も周期的に増減しますが、その平均値は、周期性呼吸出現前の通常呼吸中の値と比べて、わずかに低いだけ、あるいはむしろ高くなる、という報告があります。よって、健常な低地居住者の、高地における睡眠時の周期性呼吸は、それ自体に病的意味はないかもしれません。ただし、周期性呼吸中の無呼吸から過呼吸の移行時の、急で強い換気運動により、睡眠からの覚醒反応が起こり、結果として睡眠の質を低下させるという影響はあり得ます。

 高地順応が得られると、睡眠の質の改善,睡眠中の低酸素血症増悪の軽減,周期性呼吸の出現の減少がみられます。よって、"良く眠れた"という感じは、高地順応の主観的な指標のひとつとして重要です。

 なお、眠れないからといって、お酒を飲んだり、睡眠薬を服用したりするのは、呼吸抑制があるので高地では厳禁です。