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会長やらせてもらいます。事故のない、良いクライミングをするために、皆さんよろしくお願い申しあげます。私も、クライミング主体の山岳会という主旨に沿って、まず一会員として、クライマーと名乗るのに恥ずかしくない程度の実力を、再び身につけるよう努めます。能書きをたれるのはそれからです。 あとは、皆で新リーダー部を盛り立てていきましょう! |
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20数年前に3年間お世話になった新田由憲といいます。朝日新聞の馬目くんの記事を見て懐かしくなりこのサイトを発見しました。 長らく利尻岳の近くに暮らしましたが、現在は大雪山の麓で養鶏とカフェを営んでいます。 おそらくKusumukanさんは恩人のAさんでしょうか。この歳になってAさんや会長だったMさん、まっぱのNさん、亡くなったMさんTさんたちに育てていただいたことに感謝しています。 私も友人にそそのかされて最近クライミングを再開しました。といっても10年ぶりのインドアで10がやっとでした。トレーニングして天国列車は登りたいと思います。 たまにこのサイトは見させていただきますね。 |
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Re: 20余年ぶりです
投稿者:
Kusumkan
投稿日:2011/10/15(Sat) 19:30
No.939 |
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新田さん 元気そうで何よりです。26年前の夏に、屏風岩雲稜ルート〜4峰正面北条・新村〜前穂北尾根を、一緒に登った私です。ホントは前穂東壁登るつもりでしたが、3・4のコルからの下りがザレていたので、ビビッて割愛してしまいましたね。 もう年なので、クライミングは無理せず気をつけてやりましょう。ではまた。
> 20数年前に3年間お世話になった新田由憲といいます。朝日新聞の馬目くんの記事を見て懐かしくなりこのサイトを発見しました。 > 長らく利尻岳の近くに暮らしましたが、現在は大雪山の麓で養鶏とカフェを営んでいます。 > おそらくKusumukanさんは恩人のAさんでしょうか。この歳になってAさんや会長だったMさん、まっぱのNさん、亡くなったMさんTさんたちに育てていただいたことに感謝しています。 > 私も友人にそそのかされて最近クライミングを再開しました。といっても10年ぶりのインドアで10がやっとでした。トレーニングして天国列車は登りたいと思います。 > たまにこのサイトは見させていただきますね。 |
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Re: 20余年ぶりです
投稿者:
新田由憲
投稿日:2011/10/18(Tue) 21:01
No.941 |
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やはりそうでしたか。その節はお世話になりっぱなしでした。いつもわが身の体力のなさに落ち込みました。特に長山協の中国隊?との荷揚げの時、屏風の麓から涸沢まで大差をつけられ増したね・・・。その帰りに交通費をケチって徳本峠を越えたのも懐かしいです。 北尾根のときは屏風の一ルンゼを登った気になっていたのでしたが雲稜でしたか。今となっては東壁もったいないなー。 重ね重ねありがとうございました。ではまた。 |
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Re: 20余年ぶりです。補足します。
投稿者:
Kusumkan
投稿日:2011/10/21(Fri) 18:41
No.942 |
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今までのやりとりをチェックしている奇特な方のために、補足しますと....1981年から1991年まで、長野県山岳協会と中国登山協会の間で、日中友好登山研修というのがあり、1年毎に相互訪問していました。当会でも、当時は今とは比べ物にならないほど積極的に関与していたように思います。某古参会員のひとりも、初めの訪中メンバーとして加わって以後、何年も相当骨を折っていました。上で話題に出た、”長山協の中国隊?との荷揚げ”というのは、その古参会員に頼まれて、まだ学生で暇だった私と彼とで、日中友好研修拠点の涸沢まで、物資の荷揚げだけ協力した次第です(ボッカしたってこと)。その後夕方から、確かにヘッドランプ点けて徳本越えで帰りました。ああ懐かしや。 |
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1991年秋に、創立20周年記念山行の冠をもらって、ネパールのクスムカングル (6367m)北稜にCMC隊として挑んで幾星霜。明日10月16日は、北稜を完登し主峰頂上に立った記念の日です。20年前の今頃は、すでに北稜の核心部を越え、6000m地点の割と安定した雪面で、翌日の登頂を確信しつつビバークしていました。私個人は、順応がとても上手くいっていたので、感覚としては平地と同じように食べ、同じように熟睡できた登頂前夜でした。 当時の他のメンバー、特にブラジルの名士になってるというS道さんも(以後ずっと会ってません)、思い出したりしますかね?20年ぶりの手記は、記念誌原稿として作成中です。あと20年経っても、同じように懐かしく思い出せればいいと思ってます。 |
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7月終わりに、松本空港スカイパークの人工壁をAリーダーに教えてもらってから、週2〜3回、朝の出勤前か夜の帰宅途中に寄って、30分だけトラバースしてます。はじめに比べれば、着実に持久力がつきました。900円で買ったバスケットボールを車に常備してあるので、準備運動として、あるいは人工壁に飽きた時に、隣のコートでシュート練習しています。私は昔から球技ではバスケットボールのファンですが、自分では競技としてやったことはありません。自己流なので、フリースローはなかなか入りません。最近は、ポストプレイの練習をしています。Aリーダーと次にそこで会ったら、パワードリブルからシュートを打つ時に、私に押し込まれる相手をやってほしいのですが、あれ以来まだ一度も会っていません。 シュートは別として、トラバース訓練続けて、クライマーとして復活したいと思ってます。クライミング・メイト・クラブの会員ですから。 ほんと、中学か高校でバスケのような競技スポーツやれる状態にあれば、人生変わっていたと思います。山などやってなかったでしょう。なぜなら、競技スポーツができなかった自分のコンプレックスが動機となって、山を始めたのですから。 |
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40周年記念パーティー終わりました。ご参集いただいた旧会員と来賓の皆様、本当にありがとうございました。 50周年まで、単なる存続が目的の山岳会では無意味だし、単に名簿上の会員でいるのも無意味です。今の状態では、次の何年かで厳しい判断を迫られるようになるのは必定と、私は思います。50周年もクライマーとして迎えられるよう、心を新たにしたいと思っております。 |
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退会された方、お疲れ様でした。いろいろありがとうございました。今後も山では気をつけて。 新年度の始まりです。今年はCMC創立40周年です。と言って浮かれてはいられない状態というのは、今日の総会でひしひしと伝わってきたとおもいます。日常活動が大事です。去年の秋から社会的および家庭的事情に加えて50肩で、私自身がまともに活動できてません。この4月からは環境が大きく変わるので、不確定要素はさらに増大しますが、少なくとも近郊のフリーはできるはずなので、肩がもう少し良くなったら、まずボルダーで再調整します。マットを買おうかな。そのために再度減量しているところです。深い山でのクライミングは、うーん廃業しないといけないかもしれません。年齢による衰えを、経験とカンで補うほどの回数、山にはもう入れませんので。秋の滝谷は正直もう無理ですね。こうなったら次の目標はフリーの12かな。変わり身は早いほうがいいと思ってます。ではみなさん、今年も気をつけてやりましょう! |
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ご無沙汰してます。10年ほど前に、 わずかの間ながら貴会におりました原田です。 昨日7年ぶりの穂高山行を終えまして、 今日は松本市内をぶらぶらしてますが、 あがたの森で会のことを思い出しまして、 検索しましたら、現在も活発にご活動の由、 うれしく思いました。 今後ともがんばってください。 |
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Re: お久しぶりです
投稿者:
林 知己
投稿日:2010/09/02(Thu) 09:31
No.929 |
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原田さん 久しぶりです 林です!CMC懐かしいです・・・ |
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(生物学的年齢は別として)リーダー部の顔ぶれがフレッシュになりました。皆で盛り立てましょう!いる人間で、できることからやっていったらいいのではと思います。私個人は、秋に滝谷を下から登ることを今年の目標にします。易しくはないです。 |
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10/3と4の土日に、M氏と25年ぶりに一ノ倉沢に行ってきました。46歳と63歳のパーティーです。回復した天候に助けられ、中央稜登攀後一ノ倉岳まで登り、国境稜線を経由して、西黒尾根をランプをつけてどうにか下山してきましたが、時間を大幅にオーバーしてしまい、留守本部にご迷惑をおかけしました。稜線で電話が通じなければもっと心配をおかけしたでしょう。恐れ入ります。25年ぶりというのは初めても同然で、なまじ過去のあやふやな記憶に影響され、自らの老化を考慮せず、結果として時間の読みが大甘になった次第です。とにかく今回は堕ちずに全ピッチをトップで登攀できてよかったです。800人近くも人が死んでいるだけのことはある、険しくて危険な山です。烏帽子奥壁からはしょっちゅうデカイ落石の音が聞こえていました。標高は低くても、穂高や剣に匹敵する峻峰だとわかりました。真にクライマーとして復活するには、何が不足しているか思い知らされた一日でした。松本から高速利用で片道4時間かからずに土合に着くので、25年前よりずっと近くなりました。トレーニングして、落石が少なそうでビレイを取りながら充分登れそうなルートを探して、また行きます。そして尾根登りで一度積雪期にも行ってみたくなりました。冬の谷川見てみたいですね。 だいたいのタイム 10/3:松本10:00〜土合14:00〜(徒歩)〜一ノ倉沢出合避難小屋15:00. 10/4:出合5:00〜テールリッジ取り付き6:30〜中央稜登攀開始8:00〜全8ピッチ〜衝立尾根終了点14:00〜懸垂岩15:30〜一ノ倉岳17:30〜トマの耳19:00〜西黒尾根下山〜林道21:30(下山)〜車で一ノ倉沢出合のデポ品回収22:30〜松本2:00(解散). |
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Re: 谷川岳一ノ倉沢衝立岩中央稜
投稿者:
Kusumkan
投稿日:2009/10/10(Sat) 20:30
No.918 |
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自己レスです。なぜか知らんが3重投稿になってしまいすみません。削除できないし。 補足ですが、M氏の体力に恐れ入りました。自分が63歳になって、あれだけの長時間動けるかどうか、全く自身ありません。今から相当節制しないと無理でしょう。 |
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Re: 谷川岳一ノ倉沢衝立岩中央稜
投稿者:
管理人
投稿日:2009/10/11(Sun) 13:18
No.919 |
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3重投稿の件、修正しておきました。いつも書き込みありがとうございます。<(_ _)> |
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Re: 谷川岳一ノ倉沢衝立岩中央稜
投稿者:
Kusumkan
投稿日:2009/10/13(Tue) 12:26
No.920 |
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管理人さん整理ありがとうございました。復会して5年、はじめてクライミング記事を投稿できました。衝立尾根に抜けきった時の虚脱感にも似た充実感、夕暮れの一ノ倉岳にたどり着いて握手を交わした時の、互いの健闘を労う連帯感は、久しく感じることのできなかったものです。これは誰とでも味わえる感覚ではありません。辛抱強くビレイとフォローに徹してくれた、長年の先輩に感謝するのみです。 |
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冬山の下見として、自宅の西の裏山から入山した。1981年3月に、高校山岳部の春山山行で鍋冠山までは行ったが、大滝山との間は未知である。単独での冬山を想定しているので、全コースの地形を把握している必要があると考え、日常に最も支障のないこの週末に入山した。三郷スカイラインが展望台まで舗装されていたので、タクシーでここまで問題なく行けた。展望台を5時40分に歩き出す。冷沢までの林道は沢を何本かトラバースしていくので、年末年始なら通れるかもしれないが、雪が多ければ28年前のように尾根通しに行く必要がある。熊除けの鈴を鳴らし警戒しながら歩くが、出会ったのは幸い猿だけだった。冷沢から大滝山までは、土と落ち葉のとても足に優しい道が、明確につけられている。ただし、木の幹のペイント印や赤布の類は全く無い。地面にコースを示すプレートが時々おいてあるだけで、積雪期には当てにできない。2時間ほど断続的に雨が降ったが、風が全く無く危険を感じなかったので続行すると、大滝山に着く頃には止んだ。大滝の小屋は情報どおり既に閉業していた。蝶ヶ岳までは主稜線を行く。蝶ヶ岳頂上には10時半に着いてしまった。1泊2日の計画だったが、長居は無用と長塀尾根を下山にかかる。長塀山までの二重山稜とルートの関係を確認しながら下る。徳沢を経由し、上高地には14時過ぎに着き、帰宅した。 実を言うと、平日の睡眠不足によりバテなければ1日で歩けるとは思っていたが、自分の予想以上に体調が良く、ツエルト泊用に軽量化したこともあり、あっという間に山を越えることができた。地形も充分把握できた。コース上に技術的に問題となるところは無いので、体力と心の準備ができれば、単独でも踏破可能と考える。 タイム:三郷スカイライン終点(展望台)5:40 - 鍋冠7:20 - 大滝山9:20 –蝶ヶ岳10:30 - 徳沢13:00 - 上高地14:15. |
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