Climbing Mate Club

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海外登山の勧め4

山岳会 クライミング・メイト・クラブ 永沢 栄

4.海外登山に行くには(ドロミテアルプスの紹介)

2002〜2003年の冬、スキーに行った折に、友人のガイドのエンリコ・マジョーニに「紹介記事を日本人のために書いてくれないか」と頼んだところ彼が送ってきたものです(彼は、有名な山岳会「小リス」(スコヤットリ)の会員でも有ります)。

D O L O M I T I
世界で最も美しい山

エンリコ マジョーニ(永沢 栄 訳)

「友よ、私自身の経験から君に語ろう。書物よりも多くの物を、森の中から学ぶことを。木や岩は、他の場所では決して学ぶことのできない事を教えてくれることを。そして、山から降りて来る喜びを、自ら見つけられることを。」
St. Bernardo of Chiaravalle (1090-1153)

Mount Pelmo
Mount Pelmo (photo Ghedina)

 この冬のスキー休日の間に、私の友人のサカエは、「ドロマミテについて記事を書く気はないか」と、私に尋ねました。私が最初に考えたのは、(私が非常によくそのエリアの情報を知る者で、ここコルティナで生まれてはいても、私がアルプスのガイドであり、これらのすばらしい山のまわりで、毎年何か新しいものを学んでいても) 私は、ロープとカラビナの操作のほうがペンと紙を扱うよりも得意だと言うことでした。
 従って、次のページは、老練な執筆家のものではなく、彼の山を愛していて、そこを訪れたいと思っている方々に、わずかな助けを与えようとするものです。私は、訪れる人々が、さらに魅了されるであろうと確信していて、これらの魔法の場所が、喜びと共に彼らの心を満たすであろうことを望みます。

エンリコ マジョーニ

 私は、1997年に、サカエの企業と彼の登山のための大きな情熱のおかげで、いくつかの「クライミングのレッスン」をするように請われて日本を訪れました。コースに出席している人々と話して、ドロミテアルプスが日本でほとんど未知であったことに、私は気がつきました。いくらかの人はTre Cime di Lavaredo(チンネ)のことを聞いてはいましたが、それが全てでした。すべての登山者は、その生涯において少なくとも1回は、これらの山を訪問するべきであると、信じていましたので、私は非常に驚きました。

 自然を愛している者ならば誰でも、ドロミテで世界の他の山岳地帯と違う何かを見つけるでしょう。 信じられないようなピークが、緑色の高山の草地と広大なエゾマツとカラマツの森林の中からから出現します。太陽が日中空を横切って昇り、移動するにつれて、ピークは常に色を変えます。日出には、ピンクと赤の多くの色彩を、そののち、日没のバーニング・レッドを賞賛することができます。 良く整備された小道は、観光客が何の問題もなしに歩き回り、無比の美の眺めを楽しむことを可能にしています。

 ドロミテアルプスでは、熟練した登山者でなくても山頂に到着することができます。これらのピークには、鋼線、はしご、および吊橋がよく整備された「フェラータ」と呼ばれる多くのルートがあります。第一次世界大戦の時、イタリアとオーストリアの兵士が、ここで戦い、作った、多くの古い道や峠を超えて、これらのルートは進みます。ハーネス、ヘルメット、カラビナ、および一本の安全のためのロープの扱いに慣れた観光客なら、これらのルートを、非常に安全に、完全な登攀装備または登攀のためのパートナーを必要とせずに登ることができます。

 ドロミテアルプスにはアルパインクライミングの豊かな伝統があります。アルプスの偉大なルートの多くが存在するこのエリアは、非常に強く有能な登山者のホームであり続けています。本当に、ドロミテは登山者の天国なのです。
 すべてのグレードと長さのルートがここにはあり、初心者から専門家までのすべての登山者は、ここでその能力と野心とにマッチする何れかのルートを、見つけることができます。
 ごつごつした岩の上の8c+のシングルピッチを選択するか、トッリ・デル・セッラへの200メートル、グレードのIIIルートにするかを決めることができます。
 トファーナ山群には、長さにおいて400から900メートルのいくつかの大きなラインがあります。1000メートル以上の、現代的で有名なルートなら、マルモラーダの、日当たりが良く、岩のしっかりした南面や、チベッタの恐ろしい北面にあります。Tre Cime di Lavaredo(チンネ)には、莫大なオーバハングがあります。アングナーには、1600メートルも果てしなく続くJori's Areteがあります。選択は、まさに大規模なのです。

Rifugio Lagazuoi
Rifugio Lagazuoi(photo Ghedina)

 ほとんどのルートは、ホテルまたはキャンプ場を早朝に出発すれば、1日で登ることができます。1000メートルを超える登攀のために、または登るのに長い時間が必要な人にとって、最良の選択は山小屋に滞在することです。ドロミテアルプスには百を超える小屋があり、それらの歓待と素敵な食事は有名です。それらのすべての小屋は暖かく快適で、多くはシャワーとお湯があります。2人室、4人室、または大きなドミトリーを選択することができます。雄大な眺めの楽しいパスを通って、あるいは、ケーブルカーまたはリフトによって、それらのほとんどに行くことができます。ほんのわずかの小屋には、車でも到着することができます。

 ほとんどのルートにはプロテクションが固定されておりますが、これはルートのタイプによってかなり変わります。

climbing route italo-svizzera Tre Cime di Lavaredo 2
climbing route
italo-svizzera Tre Cime di Lavaredo 2
(photo Majoni)

 古典的なルートは、通常ハーケンが打たれており、いつもでも信頼できるわけではありません(それらのいくつかはあまりにも古びています)。そして最も容易なルートでは、たいていアンカーはまばらにしかありません。時々、1ピッチ全体に全くハーケンが無いこともあります!
 固定されたギアの品質を見定めるのと同じように、ルートファインディングには経験を伴った、よい能力レベルが必要です。
 岩石の性質は、さらに慎重に評価しなければなりません。Dolomiaは、特に黄色い着色された壁では、非常に脆い可能性があります。最も頻繁に登られるルートでは、脆い岩はすでに多くの登攀によって取り除かれていますので、通常は安全です。

 現代的なルートは豊富なボルトが設置されており、岩はたいてい非常に硬いものです。これらのルートを成功させるためには、登る技術と能力の結合とフィットネスとスタミナが無くてはなりません。

 スポーツルートは、多くの場所に有ります。すべてのルートは、良いボルトが設置されており、多くは美しい環境にあります。それらのほとんどには徒歩約15分で到着することができます。雨の日でも登ることが可能なように、ルートのいくつかは本当に張り出しています(例えばErto)。

 古典的なルートのグレードは、UIAAグレードで、IからXIまであります。人工登攀ではA0からA4までのグレードが使われます。現代的なルートとスポーツルートでは、フレンチグレードが使われ、グレード3aからグレード9aまであります。

 私は、貴方にとって忘れられない経験であると私が確信している旅を始めるために、ここで示しました情報が十分であることを望んでおります。ドロミテアルプスでの休暇は、ユニークなものであり、心と体の両方にかけがえの無い良経験になるでしょう。最後に、私は、これらの谷を訪問するかもしれないすべての方々に、土地の風習と伝統を尊重し、そして何よりもすべての山を尊重することをお願いいたします。これだけで、山々は、あなたに、高山での経験をはぐくむばかりではなく、貴方自身の心をも成長させてくれることでしょう。

位置

 ドロミテは、北はオーストリア国境と南はベニスの平地に囲まれた、イタリアの北東にあます。イタリアの最も北の地域、ベネト、およびトレンチノ・アルト・アディジェにあり、ベルーノ、トレント、およびボルツァーノの地方の一部です。

訪れ方

 ヨーロッパ以外の外国から来る方にとって、ミラノとミュンヘン(ドイツ)が主要な国際空港になります。ベニス空港もまた便利です。インスブルック(オーストリア)とベローナには、2つの地域空港があります。空港からドロミテアルプスまでは、ミラノからの4時間、モナコからの3時間、インスブルック、ベローナ、およびベニスから2時間を必要とします。特にハイシーズンには、列車とバスの便が良くなっております。

地質学的アウトライン

 ドロミテアルプスのすばらしい風景は、その地質学的特徴によっております。山々の形は形は他のアルプスに比べてまったく奇妙で、私達の地球上の他の山に比べても異常です。主要な地質学の違いは、2つの違う種類の岩石、火山岩と、ドロマイトの違いによるものです。

 ドロミテという名前は、その発見者(Deodat de Gratet de Dolomieu、ドロミュー:1750-1801年、フランスの化学、鉱物学者)に由来しております。彼は、1789年にローマに旅行する間に、彼はIsarco谷の中で奇妙な種類の岩を収集しました。後の検査で、岩が未知の鉱物で作られていることが判明いたしました:炭酸マグネシウムカルシウム(苦灰石)、CaMg(C03)2。ドロマイト(あるいはDolomia)と言う言葉は、現在の科学用語では、鉱物と岩の両方に適用されております。しかし、この地域の岩石はすべてdolomiaで作られるわけではありません。例えば、ラテマーとマルモラーダ(ドロミテの最高峰、3343m)は石灰岩(同様な起源を持つ少し違う岩石)できております。ドロミテの岩石が形成された時、それらはすべて石灰岩でした。ラテマーとマルモラーダを除く、苦灰岩化プロセスは後で始まったものです。ラテマーとマルモラーダは、火山岩によってカバーされていたので、苦灰岩化を免れたのです。

 ドロミテアルプスを成形したプロセスは二畳紀、三畳紀(2億-2億6500万年前)でした。ドロミテを形成する岩石は、1億年以上かかって海底に堆積し、大きな層となりました。第三紀(60〜500万年前)の間に、アフリカ大陸とヨーロッパ大陸との衝突により、地殼が隆起し、海低の鉱床が地表に出現しました。ドロミテ地域を含むヨーロッパアルプスはその過程で誕生したものです。

地理

 ドロミテの山々は南北90km、東西100kmよりも広い領域を占めています。ドロミテは15の違う大山塊からなり、それぞれの山塊は、各々標高約3000メートルに達しています。これらの大山塊は川、谷、および峠によって分割されます。最も重要な川は、西ではIsarco川とアディジェ川、北はリエンツェ川、東ではピアヴェ川、そして、ドロミテアルプスを通って北から南まで流れるAvisio川とCordevole川です。アディジェ川の西には、唯一の大山塊ブレンタ山群が有り、ドロミテアルプスの残りの部分から少し離れて大きな卵形をしたグループ形成しております。

気候

 ドロミテは一般に暖かで、オーストリア、スイス、およびフランスの高山地域よりも、降水量は少なめです。悪天候は一般に南南西から来ます。北風は通常よい天候をもたらします。他の総ての山岳地帯と同様に、特に7月と8月には天候が突然変わることがあります。夏の間、6月中旬から8月初旬までは、昼は暖かく、夜は澄んでひんやりとします。

 7月中旬から9月中旬までは、時々、午後に雷を伴った嵐に見舞われます。暖かく晴れた日が、1時間もしないうちに、一種の地獄の中に変わることがあります。風による冷却要因を考慮すると、気温は一気に15度以上、下がることもあります。したがって、登攀や、トレッキングに、出発することを計画している人は誰でも、まず地域の天気予報をチェックするか、その地域のアルパイン・ガイド・オフィスを訪問することをお勧めいたします。また、どのような活動でも朝早く始めることをお勧めいたします。

 9月から10月まで(時には11月でさえ)、天候は夜の冷気を伴って、クリーンで安定しています。そして、天候が悪い時には、最も高いピークでは降雪の可能性があります。これらの月のあいだに、森と森林では、すばらしい秋の色彩を見ることができます。

 12月から3月までが冬です。白い雪のマントがドロミテアルプスを一面に蔽い尽くします。春は通常良い天候は少なく、雨がよく降り、この時期はアウトドア活動のためには、よい時期ではありません。

 ドロミテアルプスの花や動物についてもご紹介したいことは沢山ありますが、スペースがありませんので、私はこの目的のためには、以下の専門の出版物を参照するようにお勧めいたします。

お勧めするホームページアドレス

作者について  :3bonsai@tin.it
様々な情報は  :www.dolomiti.org(日本語版も有ります)
アルパインガイド:www.guidecortina.com
         www.dolomitipowder.com(日本語版も有ります)
山岳情報は   :www.planetmountain.com

文献

James and Anne Goldsmith (ジェームズとアン・ゴールドスミス著):
       「Le Dolomiti d’Italia」 - Edizioni Dolomiti s.n.c., 1989年

エンリコ・マジョーニのプロフィール

Enrico climbing in Verdon-France
Enrico climbing in Verdon
-France
1960年にコルティナ・ダンペッツォ(イタリア)生れ。
1967年−アルプスのガイドと最初のロック・クライミングを経験する。
1967/1973年−アルプスのガイドと共に容易な山の岩壁を登る。
1974年−友人とコーティナのまわりで山に登り、登攀能力を上げる。
1981年−トファナ・ディ・ローデス、南柱状岩稜“Costantini-Apolonio(VII+/A2)”のフリーソロ初登攀。
1982年−マウントマッキンレー(アラスカ)登頂(ウエスタンリブ)。
1982/1983年−アルパイン・ガイドの研修。
1983年−ペルーとボリビアのトレッキング。
1984年−アルパイン・ガイドを職業にする。
1987年−ペルー・トレッキング
1996年−インド・トレッキング
1997年−来日、小川山と瑞垣山・十一面・ベルジュエールを登る。
      ドロミテで、いつかのエクストリーム・スキー滑降
      モン・ブランとモンテ・ローザのいくつかの岩と氷のルートを登攀。
      ドロミテアルプスの主要なルートのほとんどを登る。
2002年−国際的なアルパイン・ガイドのクライミングコンペにおいて、3位入賞
      オーストリア、スイス、フランス、スペイン、イギリス、モロッコ、ギリシャでのスポーツ・クライミング
スポーツ・クラミング・最高グレード: 8b+、オンサイト7c。
現在も現役アルパインガイド

ドロミテの写真

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