Climbing Mate Club

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Chronicle

荒船山・艫岩「攀船記」

アックスイメージ
開拓者 乃村昌弘、馬目弘仁(松本CMC) 岡田 康(鱶鰭同人)
ルート名 「攀船記」
期間 2006年1月
馬目

 荒船山・艫岩に懸かる氷柱のなかでも一際よく目立つ。遠く佐久側の国道からでもそれとわかる程だ。クライマーならみんな興味深く眺めていたのではないかと思う。この氷柱を基点に弱点をつなげていけばなかなかおもしろいミックスのマルチピッチルートが拓けるのではないか、と前々から淡い思いを募らせてはいた。しかし実際に手をつけるとなるとまた違う。大谷不動でミックスルートの開拓を経験してみたのだが、苦労の割りには思うように進まない作業の大変さに多少うんざりしてしまった感があった。それもあってマルチピッチとなることがはじめから見えているミックスルートへはすっかりしり込みしてしまった。そんなこんなで、「そのうち誰かが登るんじゃないの」と思っているうちに月日は過ぎて行くものだ。

ミックスクライミングの難度を求めていくとどんどんルーフに近い傾斜になってゆくのだろう。横山くんの傑作エリア「小町の宿」で経験したミックスはとても楽しかった。完全なルーフをジムナスティクなムーブの連続で登る。前腕はパンパンで背筋が痛い。M10の体験はまさに刺激的!だったが、続けて通っているとアルパインクライマーの性分として、垂直以下のベルグラが張り付く位の傾斜でのテクニカルでメンタル的要素の強いクライミングも恋しくなってくるもの。スピード感はなくともねばりながらじっくりとムーブを組み立ててゆくクライミングもいいものだ。それに昨年は唐沢岳幕岩の山嶺ルートフリー化をすすめるにつれて多くを勉強できたこともありマルチピッチ開拓も心理的にそれほど高いハードルではなくなってきた。そこで前から頭の片隅にあった艫岩の氷柱へ向かうことになった。

まずは開拓にあたって考えたことを少し記しておきたいと思う。
私たちには、常々ミックスを楽しめる手頃なゲレンデが欲しいという気持ちがあった。この艫岩は駐車場から一時間位とまさに打ってつけだ。ここは「アルパインクライミング・エリア」ではなくて「アルパインクライマーも楽しめるゲレンデ」という感じでいいのではではないかと思えた。また、岩質の問題もある。見た目は固そうにみえるが案の定軟らかく、ピトンやチョック類の使えるリスも極めて少ない。ゲレンデとして開拓するからには多くのクライマーに登って欲しいものだしその責任もあるのではないかと思う。そこでプロテクションについては初めからボルトを用いることにし、設置についてはラッペルしながら電動ドリルを使ってできる限り使いやすい位置にいい物を埋めようと考えた。

1月15日
昨日の異常な大雨と暖かさですっかり氷がとけてしまったかなと心配しつつのアプローチ。冬化粧してなかなかかっこ良よかった壁はすっかり黒くなってはいるが肝心の氷柱はなんとか持ち堪えたようだ。今回は乃村と馬目の2人で艫岩の頂点まで一般登山道を登り、ラッペルで偵察しながら電動ドリルを使ってボルト(10mmステン)を埋めてゆくことにした。降り始めてすぐ、心配だった氷は予想よりしっかり残っており俄然燃えてきた。出だしから複雑なライン取りになり、ビレイ点の場所を決めるのが悩ましいがスムーズに作業を進めていった。最大の難関と予想した氷柱の付根からのハング越えも十分自分達の実力で登れそうなので一安心。続いてこのルートのメインとなる氷柱にいかにつなげるかが問題かな……..というところで持参したボルト20本を使い切り終了。事始の日の感想としては「これは素晴らしいルートになる!」という確信だった。

16日、入れ替わって岡田と作業を続行。昨夜ボルトセット調達のため松本に帰ったのだがアンカーのみが調達できず不本意ながら本日は在庫の8mmステンを使用することになった。フェースをトラバースするラインから草付に入る部分に設置して作業完了。早速1P〜3Pまでを試登に入る。1〜2Pは一撃。デリケートなフッキングが連続して難しそうな3Pでは岡田の熱いクライミングに感動した。惜しくも1テンはいってしまったが最後のボルトを飛ばして終了点につなげる根性には心底敬服した。4Pは出だしのボルト位置を修正する必要ありとなった。当初考えていた極薄のベルグラは全く使い物にならずお手上げ。草付を使って右回りで前進するのが妥当だろうか。

21日、乃村、岡田、馬目で仕上げ作業。4Pの出だしのボルト位置を修正後、岡田がリードして見事オンサイト。その後、全員の意見で下部の草付部分にボルトを1本追加。5P、核心部のハング越えに馬目がトライするも一撃ならず。ここも少しボルト位置を変更してからの再トライでレッドポイント。今日は試登のつもりだったがここまで来たら行くしかあるまい。6Pも馬目がリード。しかし落石が岡田の足にヒットしてしまうアクシデントが起きてしまう。骨折にいたらなくて良かったがお祭り気分が一気に冷めてしまった。
帰路の岡田は痛そうではあったがかなり元気なのに救われた。

22日、気持ちがはやる。乃村、岡田、馬目の3人でトライ。岡田の足の具合も大丈夫そうだ。それぞれのPをトップがきっちりリードして無事トップアウト。登攀開始9時、終了16時。最高の気分でガッチリと握手。これで完成だ!

ルート概要

完成の翌週末、横山くん達(一村、佐藤×2の4人組)に早速登りに行ってもらった。グレードは彼らの意見に素直にしたがった。「かなりいいルート!」と評価いただいているので一応参考までに。

アプローチ
同じ艫岩にある昇天の氷柱と基本的に同じ。昇天の氷柱手前から上部岩壁にはっきりそれとわかる氷柱が見える。その真下から40m位左へ(昇天の氷柱側へ)登ったところが取り付き。草付がまっすぐにのびる辺りにハンガーボルトが確認できると思う。

1P、25m Ⅳ+ B5本
縦にのびる草付を豪快にダブルアックス。これぞ日本独特のクライミング、見た目より傾斜があり案外腕が張る。

2P、25m Ⅲ B1本
草付バンドを登って降る。

3P、18m M6− B5本
露出感抜群の出だしのフェースを下り気味にトラバースしてから左上する。エッジ系のホールドが続くのだが少々解りにくいかもしれない。

4P、35m WI4? B5本 スクリュー8本(ビレイ点に3本)
出だしの微妙なムーブのあとは力一杯草付を使って看板の氷柱につなげる。氷は粘りがあってアックスは良くきまる。登るほどに傾斜が増してきてなかなかにパンプする。高度感満点のここのビレイは氷柱から取れる。

5P、25m M6+ B6本 短いスクリュー2 アイスフック1
いよいよ核心。気持ち良くハングを越しても油断大敵、凍土にいかにアックスを効かすかも問われる。ランナウト気味のベルグラを登り、スクリュウが決められる位に氷が安定するところから大きく右にトラバースする。(カンテ状を廻り込むところにボルト有り。)

6P、50m Ⅳ B2本、スクリュー4本
草付をうまく拾って氷柱につなげていく。登るほどに潅木が多くなる探検部出身者好みのクライミング。ビレイヤーは落石に十分に気をつけて。一般登山道は最終ビレイ点より60m位と大変お得。

下降:登山道を下るのが一番。一杯水の分岐まで20分もかからない。50m以上のロープなら懸垂下降は可能。

追記 (開拓後日)

 2月18日〜19日に開催された日本山岳協会の海外登山研究会に呼んでいただき、スペシャルゲストのマルコ・プレゼリ氏とロジャー・パイン氏のスライド上映をみて大きな感動とショックを同時に受けた。あまりにも素晴らしい!興奮も冷め遣らぬうちに、その晩、坂下さん、山野井さんとも話す機会に恵まれた。その中で各氏とも素晴らしいミックスクライミングが体験ができるあるエリアについて話してくださった。

そこはスコットランド、ベンネビス。そこに根付く厳しい倫理観。つい先ごろ登ってきたという山野井さんの体験を聞いていると無性にワクワクしてくる。イギリスのクライマーに魅力的な人物が多いのは何故だろうか。その答え(の一部)がそこで行われているミックスクライミングにあるという。

お話しを聞きながら、マルコ氏の数々のミックスクライミングシーンと同時に私の頭の中をまわっていたのは、この荒船山での開拓のことだった。不甲斐無い自分に対するしみじみとした後悔と怒り、そして悲しみ…….。自分はとんでもないことをしてしまったに違いない。そして情けなくも消えては浮かぶ少しばかりの言い訳。

ゲレンデとは「安全な環境で技術をみがくための場所」としたらなんとも味気ない。がっちりしたプリプロテクションに、適正なボルト間隔……それがないと自分が登れなかっただけだったということに今更ながらに気がついた。ゲレンデでこそもっと真剣なトライが出来るルートがあっていい。アルパインクライマーに大事なのは心ではなかったのか。自分は一体何様のつもりだったのだろう。「みんなが楽しくトライできるルート」をつくろうなんて考えていたとしたら。

大谷不動での開拓の際、自分は当然のようにノンボルトのグランドアップで真剣にトライしたはずだった。その上で悩み考えたすえにボルトを打ったのだ。今回自分は深く広く考えたか?悩んだか?答えは、否。性急に事を進めた結果自分は何を残してしまったのだろう。

ルート内容は以上の通りだが、ラインとしてはなかなかいい所を突いていると思う。心あるクライマーに登っもらいその感想を聞かせて欲しいと思う。来シーズン、私たち開拓メンバーももう一度登りなおしてもっと深くクライミングといものを考えてみたい。