Climbing Mate Club

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Chronicle

唐沢岳・幕岩正面壁・山嶺ルートフリー化
 ルート名=「幕岩の中心で愛を叫ぶ」

カムイメージ
主力メンバー 馬目 弘仁 , 乃村 昌弘(松本CMC)
黒田 誠(鱶鰭同人)
協力メンバー 花谷 泰広 , 横山 勝丘(信大学士山岳会)
佐藤 裕介(めっこ山岳会)
佐藤 映志(松本CMC)
期間 2005年6月〜10月末
記録 馬目

 朝霧の立ち込める唐沢。淡い雲に包まれた幕岩はびしょ濡れなのかどうなのかよくわからないが拒絶しているわけではない、そう感じられる。栂にかこまれた急峻な沢の遡行はアプローチという味気ない単語では済まされない霊気が漂っている。ここにはめったにお目にかかれない妖幻な姿をしたサンシォウオが住んでいる。ベースとなる大町の宿は年々崩れて小さくなってしまった。だがそれも自然の成り行きだ。

今回のルート名は開拓メンバー全員で決めた。決して茶化したりパロディーという訳ではない。実際開拓メンバーのなかで愛を語る有資格者が如何程なのか知らないが、幕岩の自然を、そしてクライミングを愛していることに偽りはない。このルートは正面壁の中心にある。愛を叫ぶには絶好ロケーションを提供してくれるに違いない。

*開拓土木

既成ルートのフリー化ではあるものの、つぎ込んだ労力と思い入れ、そしてわずかながらにオリジナルセクションもあるので少し気恥ずかしいが「開拓」と呼ばせてもらうことにしたい。これまで自分は2本のマルチピッチルートのフリー化(丸山東壁・緑ルート下部と甲斐駒Aフランケ白い蜘蛛)を経験したが、それは人数も少なくワンプッシュで行っうことができた。幕岩も掃除すればカムの決まるクラックくらい出てくるだろうと思っていたのだがかなり考え甘かった。結局4ヶ月に渡って仲間と資金を集めての膨大な共同作業を必要とした。弱点の少なさは予想していたつもりだったが、草付きを剥がしまくっても使えるようなクラックはあまり出てこなかった。1Pなどは取り付きの形状が変わるくらいの岩と草付きが剥げ落ちた。クライマーがほとんどこない梅雨時から開拓を始めたのは正解だったと思う。

ほとんどがフェースクライミングとなり、多くのプロテクションはボルトに頼ることになった。残置のピトンやボルトは腐食が激しくて全く信頼の置けない状態だったので電動ドリルを使って打ち換えを行った。その本数は50本以上になるだろうか。10mmステンのグージョンを所々ケミカルアンカーも使用した。そして軍資金はあっというまに底をついた。

しかもこの開拓はとにかく雨に祟られた。延べ13日をかけたわけだがうちスッキリと晴れ間を拝めたのはその3分の1もない。雨の中、ブヨに付きまとわれながらのヘッドランプを点けての夕闇ラッペルは何度やっても好きになれない。というか「2度とやりたくない!」と何度も思ったものだ。大量のギアの荷揚げも大変でその後半年くらい深刻な腰痛に見舞われてしうオマケもついた。

*トライ&トライ

難しいそうなセクションが出て来る度に一喜一憂の連続で、2P〜3Pを攻略中は寝ても覚めても頭の中でムーブの試行錯誤を繰り返していた。用意整い、いざトライ!……3Pをフラッシュで決めたときは道半ばなことも忘れ雄叫びをあげてしまったものだ。

核心の9P目………たった2mのブランクセクションにかなり悲観的になってしまっていた。「ひょっとしたらフリー化は無理かもしれない……。」とナーバスになっていた自分をリラックスさせてくれた仲間に感謝したい。9月中旬の某日、ムーブ解決!後がないその日3便目のトライだったが無心にムーブを続けることができた。そしてビレイポイントで味わった開放感。そして10月末、雨の中ギリギリのタイミングでたどり着いた終了点では心の底からしみじみとしてしまった。頑張り続けた目標が成就した時なんてこんなものなのかもしれない。

*初登者に敬意を表して

「いい所突いてるなあ….」、「初登者はすごいな!」とは今回の開拓でメンバー全員が口にした言葉だった。オリジナルの山嶺ルートの初登攀は1967年8月5日。私の人生より歴史がある。しかも幕岩正面壁の初登ルート。私達は、フリー化にあたって既成ルートにあまりとらわれず弱点を突くラインを心掛けて開拓したいと思っていたが、実際全くと言っていいほどオリジナルラインから外れることはなかった。当時のクライミングギアからすれば最小限のボルト使用にとどめているその力量もすごい。また上部壁のライン取りは絶妙そのものだ。正面壁においてフリー化するにはもうここしかない、という所を突いている。改めて初登者の力量に敬意を表したいと思う。

大町ルートを開拓された柳沢昭夫さんから、よく幕岩開拓当時のエピソードを聞かせていただいたものだ。自作ハーネスでの試行錯誤、肩に食い込む鉄ビナの重さなど面白おかしく語ってくれる氏の笑顔がとても魅力的でコクと深みがある。それはおそらく当時「幕岩は冒険の舞台だった」からだと私には思える。それはとてもうらやましいことだ。幕岩の魅力は尽きることない。冒険とは言えないがフリーで登ってみるのもいい。それはフリークライミングがもっとも自然を感じ取ることが出来るからだと思う。岩のフリクション、がさつく地衣、不安定な草付き、がっちりしたハンノキ………。

ルート概要

あんなに苦労し、思い入れもあったのに終わってみると、うまく表現する言葉が浮かんでこない。あまりルート内容を語ることは少し野暮ったい。オンサイトを狙う人には少し申し訳ないが、是非この写真を見て想像を膨らませてもらいたい。私自身は何度でも登ってみたい。そう、今度はよりスマートなリード&フォローでワンデイトライしたい。

1P,40m/5.12a
取付き点は、古いフィックスのあるバンド状草付をつめたところの短いスラブ(大洞穴ハング手間)から。ビレイ用にケミカルアンカーが1本打ってある。ラインは「エクスプローラー」と同じ試登ルート(ボルト打ち替え済み)から始まり左上して山嶺ルートの大テラスに合流する。

2P,28m/5.12b
すっきりしたカンテをゆく。微妙なバランスが難しい核心をもつカンテ〜凹角状フェース〜再び露出感のあるカンテ。(エイリアンの赤×1)

3P,45m/5.12b
出だしのハングは意外に短く実際は抜け口のほうが難しい。シングルロープで登るのなら4本目のボルトへは長めのヌンチャクを使ったほうが無難。ハング上のスラブはとても快適。10b位だがランナウトする。(エイリアンの緑×1)

4P,45m/5.8
ここからはエクスプローのラインを中央バンドまでたどる。メガネハングは潅木や草付を頼りに攀じる。たいがい嫌らしく濡れているので手前の潅木でしっかりプロテクションを取りたい。上部はランナウトするがⅢ級程度なので問題ない。

5P,50m 6P,45m 7P,12m
凹角状を直上してゆく。6Pは凹角から右側のカンテ状フェースを直上してテラス状のレッジへ。次は6Pのビレイ点から見えるカエデの木目指して右上してゆく。ランナウト。

8P,50m/5.10d
カエデの木から20m程中央バンドをトラバースするとハンガーボルト1本があり、そこからが山嶺ルートの登り出しとなる。前半は劣化の激しい残置ピトンとリングボルトが何本かあるがプロテクションの用はなさないだろう。上部は岩が硬く、すっきりしたクラックだ。(キャメロット、エイリアンを1セット)

9P,40m/5.12c
今回のルートのハイライト!高度感あふれるなかで繰り出されるトリッキーなムーブを堪能して欲しい。岩が多少柔らかいのが残念だが微妙な体裁き〜カチホールド〜クラックと変化に富んだ素晴らしいピッチと思う。スタートはバンドを10mほどトラバースした先、ちょっと木登りしてからフレークに移ってゆく。ホールドが若干剥離しやすく湿り気味なのでボルトは要所にケミカルを使用。最後の方で、腕位の太さのハンノキが重要なホールドの役割を果たしてくれる。
  *凹状が浅くなりフェースに消えていく辺り(オリジナル山嶺ルートとの分岐点)のビレイポイントは下降用のもの。実際のラインは右側なので注意(キャメロット赤、緑×1、エイリアン赤×1)

10P,35m/5.10c
小ハングからはボルト沿いに右上してブッシュに突入。垂直の木登りをガマンすると突然傾斜が落ちて立って歩けるくらいになる。フィナーレにふさわしい樹をビレイ点に選べば終了だ。(出だしのフェースにキャメロットが必要)

*下降について

まずはオーソドックスな右稜に回り込んでの下降をお勧めしたい。
50mロープが3本あれば同ルート下降は可能。その際9P目(40m)の中間にあるビレイポイントにロープをフィックスしておかないとルート通しには降りられないので注意。しかも安易にロープを引き抜くと立ち木に引っかかる危険が大変大きい。残置カラビナを積極的に使ってロワーダウンしていかないとうまく降りられない。